かもしかライフカレッジ カモシカを語る

講師のお二人 伊藤さん(右)と森さん(左)
 今年4回目のかもしかライフカレッジが役場大会議室で 6月15日行われ、子どもたちも交えたくさんの受講者が参加しました。 「ナンバーワン」ではなく「オンリーワン」 を目指したお二人の話と、世界のカモシカ達を紹介します。
 この日は御在所岳山上の日本カモシカセン ター初代所長の伊藤武吉さん(宿野)と二代目 にあたる現在の園長、森豊さん(四日市市)の二人の対話方式で講義が進められました。
 ニホンカモシカは本州・四国・九州に生息する日本固有のウシ科の山岳有蹄 ゆうてい類で、急峻な地形に住むため他の種との交配があまりなく、原始の姿を今に残す貴重な動物です。 昭和20年代から30年代の初め、全国のニホンカモシカの生息数が3,000頭にまで激減し、 第2の「トキ」になってしまうのではないかと危惧されました。 そのため国では昭和30年に「特別天然記念物」に指定し、その保護に力をいれました。
御在所岳はその当時から有数の生息地として知られており、昭和34年の御在所ロープウエイ の開通もあり、御在所岳の開発と自然保護の調和企画がなされ、御在所岳周辺に生息するニホンカモシカの生態研究と保 護・繁殖のため昭和35年に「鈴鹿山系かもしか保存学術研究会」が発足しました。これが 今の日本カモシカセンターの前身です。このときカモシカの飼育者として白羽の矢が立ったのが伊藤さんです。
1歳のニホンカモシカ
まだあどけなさが
残ります
昭和37年、飼育場の完成に先がけて、御在所岳の一帯で野生のカモシカの一大捕獲作戦が地元の人たちの協力を 得て実施されました。道なき岩場を駆け回るカモシカを捕獲するのは大変な作業だったそ うです。そして初めて捕獲されたオスの「ゴン」とメスの「ドラ」で、当時飼育が非常に 難しいとされたニホンカモシカの繁殖にむけての研究が始まり、試行錯誤を繰返しながら 昭和40年に飼育下の完全繁殖に成功しました。 昭和47年頃にはこの研究も軌道に乗り、日中国交正常化を機に日本へきたパンダと交 換に、中国へ贈るニホンカモシカの提供依頼があったそうですが、 その時は他の動物園へ提供したすぐ後だったため、要請には応えら れなかったとのことです。保護策により徐々 に個体数を回復したニホンカモシカでした が、昭和50年頃から林業における幼齢造木林の「食害」問題が発生しました。特別天然記 念物が加害獣であり、ニホンジカとノウサギ の駆除対策との間で、この問題は全国規模に 発展しました。
 野生動物との共生は、山村地域住民の特定の問題ではありません。国土の保全の根幹を なす第一次産業の維持は、豊かな自然を次の世代にそっと送り届けるのに欠かせない分野を担っていますが、 私たちも同じフィールドで生きていることを 意識する必要があるとのことでした。
 カモシカセンターは昭和48 年に財団法人となり、アメリカのシロイワヤギや中国からの シーロー(カモシカの原種) など各国のカモシカを受入れ、今ではカモシカ類の飼育繁殖、 学術研究及びニホンカモシカの生態調査を行う、 世界で唯一(オンリーワン)のカモシカ専門動物園として、国際的にも知られています。


【タイワンカモシカ】
原産地の台湾以外では
カモシカセンターで
しか見られません。
一番小型のカモシカ。

【シャモア】
アルプス山脈やトルコの
カフカス山脈に生息し、
カモシカの仲間では
一番岩登りが得意。

【シロイワヤギ(シロカモシカ)】
ロッキー山脈に生息し、
Oreamnos
(われらの山の妖精)
の学名を持つ。

【ゴーラル】
ヒマラヤからミャンマー
中国に生息し、他の
カモシカに比べて尾
が長い。