菰野の川 E
朝 明 川

千草水力発電所。
千草水力発電所。
現在も500kWの発電能力があり、菰野町内に供給しています
(普段は入ることができません)
 朝明川は菰野町域の北部を流れ、その流路は二五、八一六mあって町内の河川では最も長く、その流域面積も広く、水量も豊富です。その水源は鈴鹿山脈の高峰、釈迦岳に発して東へ流れ、南から焼合、杉谷、田光、田口川の大小4つの支流を合わせて、四日市市域の保々から山城、萱生、平津、大矢知地区を貫流して川越町の豊田、高松を経て河口の中電川越火力発電所の南側で伊勢湾へ流れ込みます。
 この朝明川の名のおこりは、わが国最古の辞書「和名抄」の伊勢国の郡名に「朝明郡」とあって、その朝明郡内を西から東へ流れ潤すことから朝明川と名付けられたと思われます。また「あさけ」の名は、「日本武尊」が、天皇の命で東国の蝦夷を征伐してその帰途、伊吹山の賊徒を討ち、病にかかり多良、時、員弁を経てこの川の辺で夜が明け、流れの水で口を濯がれたので「朝明」と呼ばれるようになったという伝説もあります。
 水源である朝明渓谷から千草峠を越え、滋賀県の甲津畑、八日市へ通じる千草街道は、平安末期からはじまる伊勢と近江をつなぐ重要な交易路であり、信長をはじめ戦国の武将も多く往来した歴史街道でした。
 また南の希望荘から北へ井戸ヶ谷、風腰し谷を抜ける東海自然歩道は、古生層と花崗岩帯の接触点で、見事な断層崖を形成しています。自然歩道が朝明川を渡る下の巨石の空石積堰堤は、文化庁認定の文化財です。
国道306号の新奥郷橋から見た下流。右手に竹成砂越用水の取り入れ口があります。
国道306号の新奥郷橋から見た下流。
右手に竹成砂越用水の取り入れ口があります。
 朝明川には庵座、曙滝などの隠れた名瀑もあって、広い谷に転石する真白の花崗岩の丸い石、青く澄む淵、清き流れは絶好のキャンプ場です。
 一の瀬橋下の中部電力千草水力発電所は、明治40年(一九○七)に設置された県内最古の発電所です。タービンを回転させて吐水された水は、千草大湯水として利用されています。この大湯水は「湯口」の名で地名が残る江戸前期からの灌漑用水で、朝明川の表流水を木工堰堤で取水し、千草、福松、岡の水田を灌漑し、殊に奥郷新田の開発ができたのも、この湯水の恩恵でした。
 千草大湯水は分水して、千草、福松、奥郷の集落内へ通じ、各戸の勝手口に「川井戸」とよぶ使い場を設け、飲料水をはじめ、お米を磨ぎ、野菜を洗い、汚れ物を濯ぐ大切な生活用水でした。
 また、奥郷橋下から多孔管で取水して、南の堤防の下を通し、マンボで導水する「竹成砂越用水」、そして八風橋下の杉谷川の川尻から取水して朝明川の川床を打ち貫き樋管を横断させた難工事の「永井大湯水」も、生きるため、お米を取るための必死の努力の跡です。
 朝明川の流域に、千百年の歴史ある「縁起式内社」が二十四座も分布しているのは、朝明川の豊かな流れが数々の「朝明文化」を育む証といえます。


朝明川