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ふるさとの山 7

釈迦ヶ岳

 

山の写真

 これまで鈴鹿山脈主峰の鎌ヶ岳、御在所山、国見岳と仰ぎ見てきましたが、釈迦ヶ岳とは、良い名が付いたものです。それは麓の奥郷橋から見上げると、この山の頂上の稜線に多少の起伏があって、左手から頭、胸、胴、脚と涅槃図に描かれた釈迦の寝姿に不思議によく似ているということによるようです。
 釈迦ヶ岳の標高は1092メートル。全山花崗岩帯のうえ東側は急斜面で、杉・ヒノキの植林に適せず、ほとんどコナラ、ミズナラ、クヌギなどの広葉樹林帯となって、頂上部にブナの原生林も少し残っています。
 登山道は、南側の焼合谷を遡行して松尾の尾根にたどりつきます。朝明渓谷側からの流谷、庵座谷では上部の花崗岩の風化が進み、崩れ易いガレ場が多く危険です。時間はかかりますが羽鳥峰から尾根筋の登山道を取るのは、眺望もよく安全です。また、羽鳥峰から広沢の湿原に入ると、湿性の高山植物とモリアオガエルの集団生息地を見ることが出来ます。
 頂上の展望は尾高山を直下に望み、その向こうにさえぎるものはなく、伊勢平野が百八十度に展開して、伊勢湾の向こうに知多、渥美半島も手に取る様に眺められます。尾根筋は僅かの起伏があって北へと延び、八風峠へと続きます。熊笹の青の薮こぎ(薮をかきわけること)も大したことなく、秋は高山性のツツジ類が赤、黄に紅葉して素晴しい山のぼりになります。
 釈迦ヶ岳では花崗岩の朝明石が産出し、それが千草、杉谷、田光に在住の石工職人により庭石、石垣、堤防や燈籠、石臼などの立派な石造芸術品に加工され残されています。また一方、羽鳥峰から南の水晶岳(標高954メートル)付近ではその名の通り、六方柱状の紫水晶が埋蔵されています。昔は一辺が10センチほどある大きなものが産出されました。
 釈迦ヶ岳の南側の庵座の滝は、落差約40メートルほどですが、隠れた名瀑布の一つです。その下の谷には、明治二十一年に施工された、自然石を谷の斜面に合わせた工法の「縄だるみ堰堤えんてい」が残されています。これはオランダ人技師ヨハネス・デレーケの指導によるもので、施工以来百二十年の年月を経ても、損壊の跡なく見事に山を守っています。
 釈迦ヶ岳背後の西側は、滋賀県永源寺町域の山が幾重にも連なっています。江戸期の元禄十三年(1700)には、国境の境界線を定めるため、幕府の役人が実地に見分しました。それには地元の伊勢側桑名領の杉谷村と近江側彦根領の杠葉尾ゆずりお村、相谷あいたに蓼畑たでばこ萱尾かやお佐目さめの村役人が立会の上、国境の印を付し地図に朱線を記しています。その時この山の名は「釈迦岳」であるとの確認がされており、その当時から既にこの呼び名が使われていたことが伺えます。

地図
釈迦ヶ岳

朝明グラウンドの西から見た釈迦ヶ岳。本文をご協力いただいている佐々木一さんによると、角度によってもっとよく特徴がわかるそうです。
釈迦ヶ岳

縄だるみ堰堤