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ふるさとの山 12

三池岳

 

山の写真


 三池岳は、ふるさと菰野町域では最北端の山です。標高は972メートルをピークとして、なだらかな熊笹が繁る優しい山容です。八風峠の東北の尾根続きで、田光の小字図によると「編笠岳」との地名もあって、少し南に離れた中峠あたりから遠望すると、真夏にかぶる「編笠」にそっくりな姿で、昔はこうした別称で呼ばれていたようです。  
  三池岳の名のいわれは、標高885メートルの地点に「お菊池」とよぶ雨乞いの「御池(みいけ)」がありますが、池は三つあるのではありません。昔から日照りの時に雨乞い神事を行った「御池」が「三池」に転化したものと思われます。近くの山で山頂に池のあるのは雨乞岳、御在所山、そしてこの三池岳です。  
  この山への登山道は、先月号で紹介した、八風峠への「八風街道」を利用するのが一番安全なコースです。今回はその八風峠頂上からの道筋をご案内します。  
  八風峠の、明るい真っ白の花崗(かこう)岩が風化した、天狗の踊場から尾根筋へ出ます。熊笹をかき分けて十分少々で三池岳の頂上へ出ます。ここからの眺望はよく、北に竜ヶ岳、石榑峠、東は切畑、田光から菰野町域が見渡せ、南は釈迦ヶ岳から御在所山、雨乞岳、西は滋賀県の永源寺町の山々が重畳として続きます。春から初夏にかけて鈴鹿の山々は、高山植物と花、そして匂うような新緑。麓の切畑から歩いて、三時間もあれば三池岳の頂上を極めることができます。  
  さて「お菊池」と呼ばれる「御池」には、ある伝説があります。その話とは、「八風街道を伊勢や近江の商人が頻繁にゆき交うころ、街道筋の切畑の上の茶屋に、中西家という長者の家があって、毎年七夕のころに宴を催し、多くの客人を招く風習があった。ある夏に、都から貴人の客人があって、家宝の大切な皿を蔵から出して床飾りするとて、皿守り役のお菊が蔵へ入って探したが、家宝の皿が桐の箱の中から消えて無い。そのことを聞いた長者は皿守りのお菊を責めた。お菊は半狂乱になって詫びたが聞き入れられず、庭に出て泣き沈んでいると、下男の熊蔵が忍び寄って来て『お皿はわしが隠した。わしの言うことを聞いてくれるならば出してやる』と囁(ささや)き、お菊に迫ってくる。驚いたお菊は熊蔵の手を払い、一目散に峠の明神さまにお助けをと、峠へ向けて駆け登る。この時、にわかに稲妻が走り、雷鳴とどろき、雨は激しく降り注ぎ、お菊は龍神池へ吸いこまれる様に身を翻して沈んでしまった。」
  こんな悲しい話が麓の切畑村、田光村で言い伝えられていました。そこで峠に祠(ほこら)を建て、またお菊の霊を慰めるために毎年四月十七日に八風祭りを行い、盛大に草競馬を催して来ました。そして八風峠に番所を設け、それには田光、切畑村に近江の杠葉尾、政所村も共に加わり、峠で瀬戸物陶器類を携行して通る人の荷物改めをすることを、天領代官の許しを得て行っていました。  
  皿にまつわるお菊の伝説、陶器を持って通ると大嵐になる迷信、そして取り締る番所のこと。峠の向こうの君ヶ畑には大君器地祖(おおきみきじそ)神社があって、全国の木地師の故郷といわれ、そこで瀬戸物嫌悪の話が生まれたのではないかとの説もあります。

地図
三池岳、八風峠、中峠、釈迦ヶ岳