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菰野の街道今昔シクラメンイラスト

巡礼道

左に見えるのが音羽の浄正寺で、まっすぐ進むと千草道です。
左に見えるのが音羽の浄正寺で、まっすぐ進むと千草道です。

 伊勢観音の信仰の盛んな中世から江戸期には、鈴鹿山麓を南から北へと這う様な一条のかぼそい道がありました。白装束姿の巡礼者がよく通るので、巡礼道とよばれていました。  
  まずは南の亀山市にある野登山の野登寺から道筋をたどります。野登寺は真言宗の寺で、山頂にある古寺や参道の両側にある杉の古木の並木で知られていました。北へ進むと鈴鹿市西庄内の上野です。ここから御幣川の清流を渡って小岐須村へ入り、桜の名勝の桃林寺で、ここからの眺望はすばらしいところです。さらに北へ進むと山本の椿神社です。ここは猿田彦神を祀り、獅子舞いで名高いお宮です。その北の大久保の法雲寺を通り内部川を渡り、四日市市に入ります。宮妻峡の入口は山の坊といわれ、かつて菰野藩の所領の村で、藩主が晩秋に紅葉狩りを楽しんだ楓谷があります。山の坊という地名のいわれはこの辺りに蔵林寺、常願寺という寺があったことに起因します。ここの東の水沢は三重県一の茶産地となりましたが、この辺りが水沢茶の発祥地です。
  山の坊から北へ杉林の中を歩むと、いよいよ菰野町に入ります。西菰野の水源地を守る金谷の不動堂の前へ出ると巡礼道は西菰野へ下り、湯の峰の正眼寺に着きます。菰野藩の三代目の雄豊公が再建したこの寺のご本尊は大きな薬師如来で、昔から巡礼者に人気がありました。集落の中に進み西菰野にある前田の地蔵堂の前は、椿神社の獅子舞巡行の通る道となっていて、獅子の舞い始めの場でもありました。
  巡礼道は金渓川の曽我橋を渡り、北へ進んで愛宕社の前を通り、現在の湯の山街道を横切って大羽根園へ入ります。大羽根園はかつて松林が広がり、赤松の下には、萩、桔梗、秋の七草が咲き乱れて、巡礼者の目を慰めていたものです。しばらくその林の中を北へ進むと白砂の大河原へ出ました。ここは三滝川の本流と鳥井道川の合流点で、それは広い広い白砂の河原でした。潤田地が鳥井道川の川尻まで差し入れて、堤の上に山の神のほこらがありました。そこから音羽の三軒家の東側を北へ行くと音羽の浄正寺の前へ出ます。
  音羽の集落を横切ると千草道へ出て、西にそびえる釈迦ヶ岳、御在所岳を見ながら西へ上ると、千草の常夜燈籠の前に出ます。そこから間もなく北に進路を変えて三嶽寺の前を通り、朝明川の川原へ出て、大河を渡渉して草里野に着きます。さらに焼合川を渡り杉谷の高塚にある円い古墳の間を通り西三岡の集落へ入り、八坂の辻を西へ上ります。千手観音が中にある尾高の八角堂が西に見えます。
  ここは伊勢観音二五番の札所で、巡礼者の厚い信仰を受けました。檜林の参道には桜地蔵が立ち、杉谷の慈眼寺、翠厳寺を通ると田光へ入ります。巡礼道の側に光泉寺、九品寺、乗得寺と三カ寺が甍を並べています。ここから巡見街道に合流して田口の善教寺前を通り、田口の辻で福王山への道と分かれます。巡礼道はさらに北へ進み、西行法師の庵跡の下を通っていなべ市に入り、石榑照光寺から藤原坂本にある紅葉で名高い聖宝寺へと続いています。



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