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町長雑感

3度目の「地滑り現象」
            −成熟社会と二大政党制−

 第62回町長雑感「3度目の『地滑り現象』その2」(「広報こもの」2月号 No.630)では、国民に理解可能な形で党是や主張が示される二大政党制が実現できるかどうか疑問であると述べましたが、2つの受け皿となる政党が存在し得るのかというこの疑問は、政党や政治家の能力に起因する問題だけに向けられているのではなく、衣食住はもとより、治安維持、戸籍管理、徴税、医療、教育などのいわゆる近代国家の諸制度が一定程度確立した社会において、誰にでも違いがわかる受け皿が2つ用意されることが可能かに対しても向けられています。
 社会が成熟期に入れば、国としての「伸び代」が小さくなり、つまり、将来に対する可能性が限定的になり、自ずと政策的選択肢の幅が限られ、それ故に政党の違いを明示することが困難になると考えられます。このようなことから革命やクーデターが起こるのならいざ知らず、安定的発展が期待される社会であればあるほど、無理やりこじつけたような違いを喧伝してまで二大政党制を受入れる必要は全くないと思います。こういった日本が置かれている状況からも、私は政権交代可能な二大政党制に対して大いなる疑問を抱いています。極端な考え方かも知れませんが、1つの政党の派閥(あるいはグループ)で論争をして方向性を見出し、さらに議会制民主主義の枠組みの中で小政党の意見を反映させていくことの方が、より現実的ではないかと思っています(なぜ私が1つの主要政党にこだわるのかは、ごくごく簡単に申し上げれば、政党が2つであれば性質上議論が差異と拡散に向かいますが、1つであれば議論が同調と収斂に向かうからです)。
 また、日本は地政学的な問題、安全保障、エネルギー、食料自給、社会保障、東日本大震災からの復興などの分野で他国よりも深刻な課題を抱えています。これらは、情報発信を含めて対外的にどう対応していくかが肝要であり、国内的対立を誘発する二大政党制に拘泥していては、解決し得ないと思われます。加えて、現代の日本は財政的な問題も含めて、政策の選択肢は限定的であるため、選挙において国民に対して政策選択を求めるのではなく、選出された国会議員によって、議論を重ねて結論を得ていく作業がより重要であると考えられます。
 3回に亘って国政選挙における「地滑り現象」を論じてきましたが、この「地滑り」を回避するためには、政権交代可能な二大政党制が民意を反映するという固定観念を疑ってみることが肝要だと感じています。最後に選挙制度を含めて立法府のあり方を論ずるには、「ねじれ」現象と言われながらも、衆議院の暴走に一定の歯止めをかけてきた参議院の役割の再評価も試みてみる必要があると思いますが、これにつきましては、また別の機会に譲りたいと思います。



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