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浅野拓磨選手 五輪で大活躍 リオデジャネイロオリンピック出場
 浅野選手オリンピック出場の様子(コロンビア戦) cJFA

浅野拓磨選手 応援
 菰野町出身でサッカーの浅野拓磨選手がリオデジャネイロオリンピックの日本代表選手に選出され、日本時間の8月5日のナイジェリア戦、8月8日のコロンビア戦、8月11日のスウェーデン戦全てに出場しました。菰野町出身のプロスポーツ選手が、オリンピックに出場することは浅野選手が初めてで、これまでもサッカー選手として多くの実績を残してきましたが、また新たに活躍の場を広げました。

 今回、浅野拓磨菰野後援会や浅野選手が小学校時代に所属したぺルナS C、地元有志等が協力して幟やうちわを作製し、応援に力をいれました。

浅野拓磨選手PROFILE
 1994年11月10日生まれ。菰野町大字竹成出身。身長171cm、体重70kg。
 7人兄弟の三男で、兄弟の影響で幼い頃からサッカーを始める。小学生時代は菰野町のサッカークラブのぺルナSCで、中学生時代は八風中学校でプレーし、サッカーの名門である三重県立四日市中央工業高等学校へ進学。2年生の時に出場した第90回全国高校サッカー選手権大会では、1回戦から決勝までの全6試合連続の計7得点を記録して大会得点王に輝き、チームを準優勝へ導いた。卒業後、Jリーグの強豪サンフレッチェ広島に入団。
 2015年に東アジアカップに出場する日本代表メンバーに初選出され、2016年にはAFC U-23選手権に23歳以下の日本代表選手として参加した。

幼少期から高校生までの浅野選手の写真

パブリックビューイングを初開催
 8月5日、8日、11日に浅野選手を応援するため、当町で初めてパブリックビューイングを開催しました。菰野地区コミュニティセンターと保健福祉センターけやきホールで開催し、浅野選手を応援しようと各日200人以上の多くの人が集まりました。
 当日は、浅野選手の出身地ということで、報道機関のテレビ取材等も入り、盛大なイベントとなりました。観戦中、浅野選手がボールを持つたびに歓声が起こり、コロンビア戦のゴールの瞬間には集まった全員が大きな歓声をあげ、盛り上がりました。熱気を帯びた会場では、観戦者一丸となって浅野選手と日本代表チームに声援を送りました。

コロンビア戦で浅野選手がゴールを決めた瞬間(写真左)とゴールに沸く会場(写真右)
コロンビア戦で浅野選手がゴールを決めた瞬間(写真左)とゴールに沸く会場(写真下)
 

2得点と活躍するが予選リーグ敗退
 浅野選手は、予選リーグ3試合で合計2得点をあげました。ナイジェリア戦では起死回生のゴールを決め、先発出場したコロンビア戦では反撃の狼煙となるゴールを決めました。スウェーデン戦でも先発出場し、オリンピックの舞台で大いに活躍しました。しかし、日本代表チームは予選リーグで1勝1敗1引き分けで3位となり、惜しくも決勝トーナメント進出はできませんでした。
 浅野選手は今季から、海外のクラブチームに移籍し、日本から拠点を移してプレーすることが決定しています。菰野町でサッカーを始め、日本を代表する選手となった浅野選手をこれからも町をあげて応援していきましょう。

浅野拓磨選手へのインタビュー(小学生時代、浅野選手を指導したぺルナSC監督 清水保博さん)

浅野選手の当時の印象は?
 当時は、そこまで足も速くなく、体も小さくて小刻みに動くネズミのような選手でした。ただ、兄弟の影響で小学校1年生からぺルナSCには参加していて、サッカーに熱心に取り組んでいました。

菰野町から浅野選手のようなサッカー選手が輩出されたことについては?
 現在、ぺルナSCに所属している子どもたちにとっては、すごく身近なサッカー選手として良い存在になっています。年に1度はコーチとして教えに来てくれますし、浅野選手と同じ場所、同じ環境でサッカーに取り組めることは今の子どもたちにもすごく励みになっていると思います。

浅野選手のこれからの活躍については?
 少しでも早く海外でプレーしてほしいと思っていたので、このタイミングで海外への移籍が決まり、良かったと思います。これから海外でさらに高いレベルのプレーを経験して、サッカー以外の部分も含めてもっと成長してもらいたいですね。そして、世界レベルで活躍できる選手になってほしいです。

浅野選手のようなサッカー選手を目指す子どもたちへ一言!
 感謝の気持ちを忘れず、楽しんでプレーすること!

これからの舞台は日本から海外へ…

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