第13回
 広報こものトップ >> 郷土史・風俗

バックナンバー

 

機織り
 
 
 
高機の構造
椛n元社発行『手織り』29 ページ 「図1高機の構造」より

昔は麻(あさ)や葛(くず)、繭(まゆ)や綿(わた)の繊維をもとにして衣服を作りました。菰野あたりでも明治以前は畑に綿を作り、それから木綿糸を紡いで、その糸を藍や草木で染めあげ、機(はた)にかけて織りました。明治の初め四日市に紡績ができると、木綿糸を四日市や桑名の糸屋で買い求め、その糸を村の紺屋(こんや)に染めてもらい、普段着や仕事着はおおかた自家製でした。機織は女性の仕事で、夜業(よなべ)に糸車を回して糸を巻き、その糸を経(へ)るには、家の中の戸障子を開け放して長い糸を張りました。その細い糸を一本一本、筬(おさ)と綜絖(そうこう)に透して千切(ちぎり)に巻いて、機にかけました。足で綜絖を動かし、経糸(たていと)を上下に開けて、その間を舟のような梭(ひ)を走らせ、手足の調子を合せて織りました。機織はずいぶんと手間がかかり根気のいる仕事です。そして一日に一反の布を織るのが女性の一人前の仕事といわれていました。

糸を紡ぐ様子
糸を紡ぐ様子