第19回
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ワラの文化A
 
 
 

刈取りと乾燥
 大昔、弥生期の収穫方法は、手に持つ石包丁で稲の穂首を刈る穂つみが行われ、残った稲ワラは、倒伏して腐り、田土の中へはいるか、火をつけて焼かれていました。それが奈良、平安前期ごろから鉄製の鎌ができてきて稲の根方で刈られるようになると、残ったワラの利用方法が、いろいろと工夫されました。
 刈り取った稲の乾燥は地干しと掛干しの二つの方法が行われました。菰野あたりの慣行は地干しが大方で、稲をたばねると同時に、株を上に、穂を下にして広げて乾すので笠干しとよんでいました。晴天になれば、二日か三日でよく乾きます。また湿田や山間の山田では稲架に掛けました。この掛干しは稲穂もワラも共によく乾くので各地で普及しました。大切なワラの貯蔵には大量にいる家畜の飼葉用、敷きワラ用、そして屋根葺き用のものは、田んぼの隅や畔にすずみを作って貯蔵しました。また草履や縄など細工ものに使う、使いワラは雨露を避けて納屋のツシなどに貯蔵されました。

すずみの写真。近年ではほとんど見なくなりました。 稲の笹干し
すずみの写真。近年ではほとんど見なくなりました。 稲の笹干し