郷土史・風俗第44回
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鋳物(いもの)とふるさと
 

鐘つくりの工程
 まず原寸大の図面を引いて、それを縦に2つに割り、板に移して切り取り定規を作ります。一方、砂と粘土を混ぜて練った真土(まね)を、この定規を挽き廻し外型を作ります。乳(ふち)や文様は別に型をつくり、植えこみます。内型(中子[なかご])は内部を煉瓦などを積み入れて空洞にして、真土を塗り定規を挽いて仕上げます。内型、外型とも内部に水分があると鋳込みのときに爆発の恐れがあるので炭火などでよく乾燥させます。こうして穴の中に内型を据え、その上に外型をかぶせます。さらに竜頭の型を上につけて、一番上に堰(せき)という湯口とガス抜きを2つつけて鋳型ができあがります。鋳込みの際に型が浮き上がらないように縄でしばります。昔はこのまわりに砂や土で埋めました。鋳込みはこしきの中へ銅と錫(すず)と燃料の炭を交互に入れて点火します。こしきの下の羽口から風を送り地金を燃焼させます。送風はたたらやふいごが用いられ、千度ぐらいで溶解し、湯になって下にたまると一気に口を開き鋳型に流し込み鋳造は完了します。 

鋳物師のふるさと
 鋳物師のふるさとは、河内国丹南郡地方といわれ、現在の大阪府美原町が日本の鋳物師の発祥地とされ、ここに鍋宮大明神(広国神社内)が祀られています。鍋宮は鋳物師の祖神として石凝姥命(いしこどりのみこと)と金山彦命(かなやまひこのみこと)が祭神で鋳物師を統括していた京都の真継家も、この鍋宮と深い関わりがありました。この宮の東に黒姫山古墳が発掘されて、古代の鋳造に用いられたこしき型の円筒埴輪(はにわ)が出土して注目を集めました。黒姫すなわち、鋳造に関係する豪族祖神の塚と土地の人は伝えています。地名の大保(だいほ)は鋳物師に朝廷から賜った官名で、大保千軒といわれ鋳物師が集団となって、この地に住み、聖武天皇が奈良の大仏鋳造の際、また鎌倉大仏鋳造の際も、この河内鋳物師が選ばれ大挙して、その製作に高度な技術をふるったといわれています。


治円福寺の梵鐘
大強原の鋳物師