郷土史・風俗第47回
 広報こものトップ >> 郷土史・風俗

バックナンバー

 

技術と歴史
 

畳つくり
  畳は稲ワラを交互に重ねて麻糸で刺し縫い、それを杵を使い足で踏み、引き締めて床をつくることにはじまります。これは厚くて重いほど上等といわれました。畳表は藺草(いぐさ)を編んだもので、藺草は瀬戸内海沿岸の岡山、広島県が主産地で備後表が最上といわれています。また九州の熊本、宮崎県あたりでも栽培されています。つぎに畳の縁(へり)を当て右手前から縫いはじめます。こうして上前、下前の縁つけをして糸を締め上げ、畳を敷居の厚みに合せて、返し縫いをします。
 そして、両側の短い方をカマチといい、角の形を整え右手から順に縫っていきます。この運針が難しく、上から刺した針穴に返しの針が下から必ず戻ってくるようにします。
 カマチ縫いは糸の通ったあとを美しく見せなければなりません。畳は京間、田舎間など、その大きさに地方色があります。

畳屋
  菰野城下の本町筋に店を構える畳屋は、弥助、弥八の兄弟が大阪に出て畳職を修行し、菰野に帰り畳屋を開業したのがはじまりといいます。またその遠祖は菰野藩に仕えていた武士で宝永3年(1706)の分限帳に梅村庄左衛門、惣左衛門、庄太郎、庄之助と続き11代の庄一は大正12年(1923)に桑名三崎通りの畳屋渡辺与三吉方に奉公して修行しました。昭和5年に年季明けして親方から一通りの道具を貰い受け、菰野に帰り家業を継ぎました。
 昔は畳台を肩に担ぎ、道具を持って出職に出て表替えなどの仕事をやりました。現在は畳屋も近代的な高能率の機械化になり、その技術を学ぶ職業訓練所が埼玉県ほか全国に6カ所ほど設けられています。


上前を縫い縁をつける
上前を縫い縁をつける