第294回

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   切畑の神  刈田姫命   文 郷土史家 佐々木 一

福井県遠敷郡名田庄村
刈田比売神社

 大字切畑に鎮座の岐留太神社の祭神は、主神が刈田姫命(かりたひめのみこと) で、このほか須佐之男命(天王)大山祇神(おおやまつみのかみ) (山神)大山昨神(おおやまくいのかみ) (日枝)菅原道真(天神)などの神々を合せて祀っています。
 岐留太神社は延喜式内社といわれ、古い社格を伝えています。 神社は八風峠下の標高260メートルの高地にあって杉の古木の茂る中に囲まれています。
 さて、同神社に伝わる大正三年七月の「神社誌」に「村名は切畑にて氏神は延喜以来の古社なりしこと明らかなり。 ご祭神を刈田姫命と称するも、是れ切畑の地名に縁ゆかりある御名にて切畑、刈田ともに字訓において同義の名称なり」と記されています。
 この刈田姫命を祭神として祀る神社は、三重県下にはほかに無く、遠く離れた若狭国、 いまの福井県遠敷(おにゅう)郡名田庄(なたしょう)村にあります。 ここは小浜市から西へ入った、京都府と隣り合せの野坂山地に囲まれた、戸数880、人口3090の静かな山村です。
 名田庄村には刈田比売(ひめ)神社のほかに刈田彦神社もあって、夫婦(めおと)神です。 両社とも切畑同様、延喜式内の古格を誇っています。また隣の小浜市深野にも同名の刈田比売神社があります。 この神社は前を流れる南川から流れて漂着した、俗に、川流れの神といわれています。
 なお陸奥国、宮城県刈田郡蔵王町刈田に、刈田峯神社があります。この神社は、元大刈田山の頂上にあったのが、 大永年間(1521)頃に現在地へ移されたもので、峯の字がついています。宮城野地方の第一の古社で式内社です。 伊達政宗が社殿を寄進造営したという由緒ある宮です。現在の主神は日本武尊となって、 刈田は刈田郡と蔵王町の大字刈田に残っています。なお、島根県太田市に苅田神社があります。
 そして刈田の地名の分布は全国に11箇所あります。 一方切畑は17箇所、北は秋田県から大分県に至るまでの広い範囲に、村名大字名で残っています。 刈田は秋の稔った稲田をいい、切畑は、山地の林を伐り払い、その樹を焼いて灰を肥やしにしてそこへ稗、 粟など五穀を作る、焼畑農業が行われたところに多い地名といわれています。
 さてご祭神の刈田姫命のことですが、神様の系譜、そして戸籍調べは難しくなかなかわかりません。 地元の皇学館大神学研究所、遠江(とおとおみ)の浜松は白鳥神社笹田宮司に教えを仰ぎました。 伊勢の外宮、豊受の大神も五穀、保食の神と崇められていますが、刈田姫命も、御名の とおり田の神、農耕の神さまです。農耕神として祀られる神は、大歳神が一番に多く大歳神は、 父を須佐之男命、母を大山祇神の子、大市比売命との間に生まれたといいます。父は荒魂(あらみたま)の神、 母は穏やかな山の神の血を引く神、古事記伝の宣長も、古事記伝巻九に「大歳神」の名の大は、大という称号、歳は田に寄る、 歳とは穀のことなり、穀を収穫するを一年というなり」と述べられています。この大歳神の弟に宇迦御魂 (うかのみたま)神がありますが、この神は沢山ある稲荷神社の祭神で、稲を荷なうと書いて、 大歳神と同じく農耕神といわれています。
 そして熱田神宮の境内に御田(ぎょでん)神社という摂社があって大歳神を祀っています。 こうして刈田姫命の系譜は、はっきりとは判りませんが大歳神の子孫に当る神ということはおおよそ見当がつきました。
 この秋の五穀の豊穰を刈田姫命、女神を崇め、感謝したいと思います。