第297回

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  おはなばあさん   文 郷土史家 佐々木 一

田口の伊藤はなさん
(明治10年生まれ)

 田口のおはなばあさんの家を訪ねたのは、昭和三十八年 九月二十八日のことでした、彼岸花の盛りは少し過ぎては いたが、秋晴れのよい日、田んぼでは早稲(わせ)が穂を傾けかけていました。
 その日の昼すぎに家をたずねると、爺は裏の畑へ 粟(あわ)をちぎりにゆき、婆は菱溜(ひしだめ)の上 の村山へ柴刈りにいって留居ということでした。
それでは、先に爺に合うとて 粟畑を探してたずねる、この 年、夏の順季よく、粟は大き な穂を垂れている。爺は、そ の穂を手ぎわよくもぎ取り、 大きなわらふごに入れてゆく、 あたりに粟の匂いがただよい風雅なこと、ひと畝(うね)ちぎり終 わると、爺は穂の入った、ふごにごっそり腰をおろして、 秋の野良仕事の手順を話してくれる。
 そして若い頃に、八風峠を越え江州山で炭を焼き、木挽(こびき)仕事に精 を出した苦労話しを語る。道はけわしくて遠く、山稼ぎは 辛いことばかりであったが、 それは体だけのこと、気楽なことは一番、そのかわりいまは世が良うて、世の中に飾り が多い、とぽつりと零こぼす。そんな爺の話しを聴いていると 陽は傾きかけてきた。婆は、山へ枯柴折りにいったが、も うそろそろ帰って来る頃、菱溜の堤の下に居れば、必ずそ こへ降りて来る筈、そこで待つがよいというてくれる。
 爺の粟畑をあとに菱溜の下で待つこと小半時、白い手拭いを被った姿が、山道をそろ そろと降りて来た。縞のモンペに草履(ぞうり)ばき、杖をついて 背中に枯柴二把を背負っている。
お婆さん、えらかったなと声をかけると、お前ぇここで待ってくれていたんかゃ、 といい立止って腰をのばす。
 もう家は近い、そこに見えている。婆のあとについて家へ急ぐ。そこへ爺も、ふごに縄をかけてそれを背負い帰って来た。爺よ、粟ちぎりえら かったのと、また、お前こそ枯柴取り、ご苦労じゃったと 労の言葉を交わす。いつもこうである。
 婆は、肩の柴を軒におろして、今日は天気がようて山へ 行き、お前の相手は出来なんだ。秋が終り年が明けたら、 粟で餅をつく。それをご馳走によぶ。冬でも天気のよい日 は年寄りでも外の仕事がした い。小雪の散らつく日がよい、 そんな日に出直して来ておく れという、婆の親切な言葉を聞いて辞去する。
 そして年が明けた二月九日、 婆と約束の雪の舞う日に再訪 する。早くも婆は上のくどに 鉄鍋をかけているのか、あた りに粟餅の匂いがたちこめて いる。爺はくどの前に坐り こみ火の番を している。赤い火がくどの口をなめている。
 そこへ爺の仲良し、木挽仲良し、連れであった長太郎爺 も飛入りで賑やかになる。熱い湯気のたつ粟 餅の椀をふうふう吹き ながら婆の話しを聞く。
 「わしはこの田口村に明治十年に生まれた。 この爺と同い年で、二十歳(はたち)のときに嫁にきて、男二人、女三人の 子を儲けた。大かた山小屋暮しで、山小屋で子を生んだこともあった。村 を離れて遠い奥山では不便で 辛いこともあったが、山小屋 で掛け向いで食べるご飯のう まいこと、そして高い山での満月の晩、手の届きそうなと ころにちかちか光るお星さん、 口では言えない別天地であっ たぞ」といい、煮えこぼれる鍋の蓋(ふた)を手に取りながら、 もっと食べよとしきりに勧める、おはな婆さんでした。