第373回
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  花まつり
文 郷土史家 佐々木 一
桃林寺にある花御堂
桃林寺にある花御堂

 四月八日は釈迦如来の誕生日、町内の多くの寺院では、「花御堂」と呼ぶ小さな四本柱に屋根を付けた御堂を用意して灌仏会(かんぶつえ)を行います。花御堂は屋根の庇に青い葉、檜の葉を端口に下敷きにして、赤い椿の花、黄色の水仙の花、山ツツジの花など、色とりどりの花を選び、趣向を凝らして季節の花で美しく屋根を葺き上げます。
 花御堂の中心に青銅製の金たらいを、その中心に釈迦の誕生仏を安置します。そして金(かな)たらいに甘茶を満たし、小さな柄杓(ひしゃく)でその甘茶を掬(すく)い、誕生仏の肩に甘茶をお掛けします。この日、参詣の人々は順番に甘茶を灌(そそ)ぎますが、特に幼い子どもが甘茶を掛けるとお釈迦さんが喜ばれるといわれています。
  こうした花祭りの行事は、お釈迦さん生誕の古事に基づいています。お釈迦さんの母が住んでいた城を出られて、インドのヒマラヤ山脈の麓、ルンビニの丘の花園まで来られた時、一本の花の枝を折ろうとしたときに産気付かれました。そのとき、俄かに甘露の雨が降り注ぎ、ルンビニの花園は小鳥も集って歌い囀り、生誕をお祝いしたそうであります。そこで、日本では甘露の代わりに甘茶をお釈迦さんの産湯にして誕生仏の肩に掛けてお祝いします。
 この四月八日、私は桜の花に誘われて鈴鹿市小岐須町の臨済宗東福寺派の桃林寺へ参詣しました。この寺は小岐須集落の西の高い所にあって、眼下に北から南へ広がる鈴鹿市街を眺望することができます。折から寺苑の桜の古木も満開で、花また花の饗応に酔いしれてしまいました。
 桃林寺のご本尊にお参りして、本堂正面の向拝近くに安置されている花御堂に手を合わせ、釈迦誕生仏に竹の柄杓で甘茶を灌がせていただきました。屋根の花飾りが美しく、椿をはじめとする山の花が多く清楚で上品なことでした。その正面にある巾2・5センチメートルほどの桁の横腹に墨書のあるのに気づきました。細い筆文字が書かれているそれを拝読すると、

 勢州鈴鹿郡小岐須邑
   龍雲山桃林寺現住古泉
 施主 
  山中武左衛門 徳井○由
  徳田しの   徳井たき
  酒井しま   松村某
 元文三午天四月吉日
 大工下鵜川原村住孫七二郎製作

 龍雲山桃林禅寺現住鐡門和城代
 奉再営 指物師
  明治三十八年巳四月吉日
  山中己吉作

 小岐須の桃林禅寺の花御堂が最初に製作されたのは、住職古泉和尚の代の元文三年(1738)、つまり今から271年前に三重郡下鵜川原村(現在の下村)の大工孫七二郎が製作にあたっています。
 その花御堂が作られてから百六十七年経過して傷みが激しくなったため、明治三十八年(1905)に新しく作り直しています。昔は自分の名の上に親の名か、大工の場合は修行した親方の名を貰い受け、名乗りとしていた例もありました。いずれにしても、下村から十四キロも離れた鈴鹿の小岐須に、下村の大工の名が見られたことはうれしい発見でありました。