新名神高速道路
町内にIC設置
新四日市JCTから亀山西JCT22.9km

3月17日開通

長年の計画がついに実現
 3月17日、町内において建設が進められていた新名神高速道路(近畿自動車道名古屋神戸線)の新四日市ジャンクション(JCT)~亀山西JCT間の22.9キロが開通しました。この道路はかつて第二名神自動車道という名称で基本計画決定され、それから約30年の歳月を経て完成しました。町内では初となる菰野インターチェンジ(IC)が設置され、ICの案内標識には訪れた人に地名が浸透するよう「菰野 湯の山」と表記されています。
 菰野ICは同日16時から供用開始され、新しい道路を通行するために多くの車両が集まりました。IC周辺では湯の山温泉の関係者などが通行する車両に向かって手を振り、訪れた人を歓迎しました。
 この高速道路は中京圏と近畿圏を結ぶ新たな日本の大動脈として国の経済発展を担う重要な道路です。新名神高速道路と東名阪自動車道によるダブルネットワークの形成により、災害時の復旧および支援ルートが確保されます。また、交通が分散することで、年間1200回以上渋滞が発生している東名阪自動車道の四日市JCT~亀山JCT間の渋滞緩和(約9割削減)も期待されます。
菰野 湯の山 出口

石井啓一国土交通大臣、鈴木英敬県知事、柴田孝之町長ほか沿線市町長が参加して鈴鹿PA付近で行われたテープカット

石井啓一国土交通大臣、鈴木英敬県知事、柴田孝之町長ほか沿線市町長が参加して鈴鹿PA付近で行われたテープカット


菰野ICの供用開始を待つ車両と歓迎する湯の山温泉の関係者


三滝川にかかる菰野第二高架橋

工事変遷写真

道路開通によるストック効果
 高速道路の開通に伴い、地域産業のストック効果が期待されます。安全で円滑な物流により町内の企業立地等が増加し、地域産業の活性化や雇用の拡大などが見込まれます。また町内観光施設へのアクセスが向上し、観光客数の増加も期待されます。

ストック効果とは
 社会資本(道路空港、橋、上下水道など)が整備され、機能することで得られる中長期的な効果(移動時間の短縮や快適性の向上、民間投資の誘発など)。



北勢地域の工場立地動向(新設、増設)

新名神高速道路

新名神高速道路
※所属や役職名については当時のものを表記しています。

町内概要ルート決定

 平成4年11月、第二名神自動車道の概要ルートと町内IC設置が発表されました。翌年の初めには服部忠行町長と有識者や関係者との高速道路に関する新春座談会が開かれるなど、町としても国家的な事業にかける期待は大きいものでした。

広報こもの平成4年12月号

広報こもの(平成4年12月号)

地元説明会を実施

 平成5年5月、建設事業を構想から計画段階に引き上げて都市計画決定を行うため、菰野・鵜川原・千種の各小学校体育館で地元説明会が実施されました。県と建設省から都市計画案や環境影響評価について説明が行われ、3日間で601名もの町民が参加しました。

千種小学校体育館での地元説明会

千種小学校体育館での地元説明会

四日市市~菰野町間に施行命令事業着手に向けて動き出す

 平成6年7月には第二名神自動車道が都市計画決定されました。その後、平成10年12月に四日市市伊坂町から菰野町大字潤田までの約12.3キロ区間に施行命令が出され、平成11年10月に路線測量と土質調査が開始されました。また、同年11月にはインターチェンジへのアクセス道路である一般国道477号四日市湯の山道路の設計協議も開始されました。
 事業着手に向けて動きが活発化する中、平成12年4月、ルート予定地の四日市市中野町地内で四日市市~菰野町の中心杭打ち式が日本道路公団主催で行われました。式典には菰野町、四日市市、桑名市、東員町などの沿線自治体から関係者80名が参加し、市町長らが順番に中心杭の打ち込みを行いました。

杭打ちを行う服部町長

杭打ちを行う服部町長

停滞状況を打破するために建設促進に向けた動き

 四日市市~菰野町間に施行命令が出されて以降、事業は停滞の一途を辿りました。そのため、各種団体等による建設促進への動きが活発化することとなります。
 平成16年7月、四日市市文化会館で第二名神建設促進団体の発足を記念して第二名神シンポジウムが開催され、6名(三重大学の渡邉副学長、服部町長、井上四日市市長、県商工会議所連合会の小菅会長、「第二名神で北勢地域のあしたをつくる会」の中島会長、同会会員の傍島さん)によるパネルディスカッションが行われました。
 会場では高速道路が与える影響や、その早期実現の必要性について議論が交わされました。最後には「一刻も早く完成への道筋が必要であり、住民自らの熱意が必要である」との意見が出され、会場に集まった1800名の参加者から大きな拍手が起こりました。

杭打ちを行う服部町長

左から渡邉副学長、中島会長、傍島さん、服部町長、
小菅会長、井上市長

開通までの出来事

開通までの出来事 表

早期完成を求める声約13万筆が集まる

 高速道路の早期建設を求める署名が約13万筆(うち菰野町分は1万9千筆)集まり、平成17年8月、国土交通大臣に提出されました。当時から町が国などの関係機関に要望活動を積極的に行っていたほか、民間団体が建設促進活動の中心となり、その整備の必要性を訴え続けていました。

杭打ちを行う服部町長

左から「第二名神で三重県北勢地域のあしたをつくる会」の中島会長、
 「第二名神促進北伊勢経済団体会議」の小菅会長、
「第二名神と鈴鹿亀山地域の幹線道路整備を進める会」の田中会長

ついに事業着手へ見えた開通への道筋

 日本道路公団の民営化後は、平成18年4月に中日本高速道路株式会社が事業主体となり、道路名が新名神高速道路に決定し、道路設計や用地買収に向けた動きが開始されました。平成19年2月にルート予定地の大字菰野地内で菰野町~亀山市間の中心杭打ち式が行われ、沿線自治体関係者など100名が参加しました。

杭打ちを行う服部町長

杭打ちを行う服部町長

全ての関係区が設計協議確認書に調印

 高速道路の建設には生活道路や水路の付け替えが必要となるため、地元区と設計案を話し合うことから始まります。その協議が完了した証明として関係区と中日本高速道路株式会社、町、県との設計協議確認書の調印が順次行われ、平成22年12月には高速道路が通過する全ての関係区との調印が完了しました。
 この確認書は高速道路の設計や用地買収、工事を行うための基となるものです。平成20年に大強原・川北・諏訪、平成21年に菰野第一区・池底、平成22年に神明・音羽・潤田・岡・江野の各区が調印を行い、新四日市JCTから亀山西JCTまでの全ての区間で設計協議が完了しました。その後、測量や用地買収交渉が開始され、土地提供者等の協力により、町内でも本格的な工事が始まりました。

左から菰野第一区の矢田区長、石原正敬町長、
中日本高速道路株式会社名古屋支社四日市工事事務所の中川所長、
県県土整備部の北川部長

左から菰野第一区の矢田区長、石原正敬町長、
中日本高速道路株式会社名古屋支社四日市工事事務所の中川所長、
県県土整備部の北川部長

順調に進む建設工事高速道路開通が目前に迫る

 着実に建設工事が進み、平成30年9月にはB&G海洋センター付近の菰野第二高架橋完成を祝う記念式典が開催されました。また、同年10月には菰野ICへのアクセス道路となる一般国道四日市湯の山道路が完成しました。

完成を喜ぶ石原町長(中央)と関係者

完成を喜ぶ石原町長(中央)と関係者

長年の悲願がついに実現待ち望んだ夢の道が開通

 ついに新名神高速道路の開通日を迎え、記念式典が鈴鹿市立椿小学校体育館で開催されました。式典には石井国土交通大臣、道路建設に尽力した国会議員、柴田町長を含む沿線市町長、地域住民、工事関係者など約400名が参加しました。大臣は「この日を迎えられたのは用地提供者や関係各位のご協力のおかげです」と感謝の意を表しました。

あいさつを行う国土交通大臣(中央)

あいさつを行う国土交通大臣(中央)

まちづくりの根幹となった高速道路の存在

 町内でのIC設置が決定して以降、町はこの道路をまちづくりを進める上での骨格と捉え、計画等を策定してきました。
 平成5年に高速道路をテーマに行われた新春座談会では、服部町長が「実現には住民の方の協力がどうしても必要なため、積極的に働きかけていきたい」と語っています。また、同年の町政アンケートでは、菰野IC設置による何らかの土地利用転換に賛成する人が全体の8割弱を占めました。このことからも、当時の町民の高速道路開通に対する関心は高かったと思われます。
 平成10年に施行命令が出されて以降、建設事業が一時停滞しましたが、早期完成を求めた各種団体、地元関係区、土地所有者などの協力により、開通に向けての歩みが再開され、無事開通に至りました。
 この高速道路には多くの人の願いや思いが込められています。町、町民、関係区、土地等の提供者、各種団体、工事関係者などの協力により長年の悲願が実現し、夢の道路が完成しました。

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