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郷土史・風俗 第90回

山論や水論を記録した絵図
晩年の野呂金貞(のろきんてい)

 野呂金貞は、明治18年(1885年)に県の勧奨により「吉沢村誌」の調査、執筆を委ねられ、晩年には村総代、小学校学務委員を歴任し、地方自治に尽くしました。また、医業の余暇に村の子弟に華道を教え、和歌や俳句を親しむ「冠峰社」を結成し、北勢地方でも活躍しました。明治29年(1896年)に石薬師の佐々木弘綱(ひろつな)が「伊勢名所和歌集」を刊行する際、菰野の高田顕允(けんいん)、土方興文(ひじかたおきふみ)、村井長央(ちょうおう)、鈴木小舟(おふね)らとともに金貞も出詠しています。

 藩の儒医、藩学校講師、村の治政に尽くした金貞でしたが、病には勝てず、明治39年(1906年)2月3日に亡くなりました。

野呂家に残されていた土方家からの寄贈品と思われるお猪口
▲野呂家に残されていた土方家からの寄贈品と思われるお猪口

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