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郷土史・風俗 第91回

山論や水論を記録した絵図
野呂金貞(のろきんてい)の家系

 野呂家は代々菰野藩に仕える御典医で、藩学校の教鞭もとっていました。

 野呂金貞の長男、貞承(さだつぐ)は明治13年(1880年)2月10日に生まれ、同16年(1883年)12月に家督を相続しました。帝国大学医学部を卒業して、助手を務めたのち、島根県松江病院の院長になりました。関西医師会副会長などを歴任し、大正13年(1924年)に退職しました。その後、松江で病院を開業し、昭和11年(1936年)に故郷の吉沢へ帰り、病院を開業しました。

野呂家に遺されていた盃
▲野呂家に遺されていた盃

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