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郷土史・風俗 第92回

山論や水論を記録した絵図
2つのルートがあった八風街道

 現在、八風街道と呼ばれる街道は、中世の頃と江戸時代で2つのルートがありました。中世の頃は、桑名市の七里の渡しを起点とし、滋賀県の八日市へ通じていました。

 一方、江戸時代は四日市市の富田一色を起点とし、大矢知、平津を経て田光区で南からの巡見街道と重なり、まっすぐ山を登って八日市まで続き、その先は中山道へと繋がっていました。

明治30年頃に建立された田光区内の道標。「右 とみた四日市道」「左 くわな道」と刻まれています。
▲明治30年頃に建立された田光区内の道標。
「右 とみた四日市道」「左 くわな道」と刻まれています。
江戸時代の八風街道

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