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郷土史・風俗 第93回

郷土史・風俗
八風街道の歴史

 八風峠越えの道は、伊勢と近江を結ぶ交易路として鎌倉、室町時代の頃から盛んに近江商人などに利用されていました。江戸時代に入ると一時的に廃れはしましたが、近江側の愛知川上流沿いの山村は距離的に近い伊勢側の田光に食料や衣類などの生活品を求めることが多く、田光や切畑では峠越えの荷物を運ぶ背負い人夫が活躍していました。

 文政6年(1823年)、大矢知に武蔵国(現 埼玉県)忍藩の陣屋が置かれると、八風街道は忍藩領であった朝明郡各村(千草、杉谷、榊、田光、切畑、田口、田口新田、小島、竹成、永井)の年貢米が輸送される幹線となり、富田一色の港は米の積み出し港として発展していきました。

現在、巡見街道と八風街道が交わる交易市場跡は低い石垣に囲まれた広場になっています。
▲現在、巡見街道と八風街道が交わる交易市場跡は
低い石垣に囲まれた広場になっています。

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