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郷土史・風俗 第94回

郷土史・風俗
南川蒋山(みなみがわしょうざん)の出自

 南川蒋山は、明和8年(1771年)9月29日、菰野藩儒医であった南川金渓(きんけい)の長男として藩内北木戸近くの自邸で生まれました。幼名は関弥といい、6歳のとき母を失い、11歳のとき父金渓と死別しました。その後は継母であった矢田氏に育てられました。

 幼少期は中菰野の藩士であった横山惟中久左衛門(いちゅうきゅうざえもん)に句読を学びました。天明7年(1787年)、蒋山が17歳のとき、長島に赴いて長島藩儒十時梅崖(とときばいがい)に入門しました。梅崖は大阪出身で古義堂で学び、皆川棋園(みながわきえん)、池大雅(いけのたいが)などとと関わって文人画を描き、文化人であった藩主増山雪斎(ましやませっさい)公の寵臣(ちょうしん)でした。

南川蒋山の肖像画
▲南川蒋山の肖像画

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