三重県菰野町公式サイトlogo

トップ >広報こもの(バックナンバー) > 2022(令和4年)年3月号(NO.739) > 郷土史・風俗

郷土史・風俗 第96回

郷土史・風俗
蒋山(しょうざん)の子 南川定軒(ていけん)

 南川定軒は、享和2年(1802年)3月29日、蒋山の長男として菰野で生まれた儒学者でした。蒋山の教育を受け、文化12年(1815年)、14歳のときに津の藩儒であった土井■牙(どいごうが)から中国古代の書物や歴史について学び、のちに津藩の田中履堂にも入門しています。

 文政7年(1824年)、23歳のとき、菰野藩に出仕して御近習役(ごきんじゅうやく)※1を命じられました。天保4年(1833年)、定軒が32歳のときに父蒋山が病に罹り亡くなりましたが、天保7年(1836年)に菰野藩主の土方雄興(かつおき)が半官半民の麗沢館(れいたくかん)を廃して新しく藩学校修文館を創建したことから、定軒はその督学※2を命じられ、校則や学則を制定しました。

南川定軒の肖像画
▲南川定軒の肖像画

※1御近習役 主君のそば近くに仕える役
※2督学   学事を監督する人

このページに関する問い合わせ先

企画情報課
電話番号:059-391-1105
ファクス番号:059-391-1188