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郷土史・風俗 第98回

郷土史・風俗
湯の山線の歴史 その1

 三重県下では最も早く四日市鉄道、三重軌道、北勢軽便鉄道が敷設されました。明治42年(1909年)12月、菰野の実業家であった伊藤新十郎(いとうしんじゅうろう)、高田隆平(たかだりゅうへい)ら19名と四日市の実業家であった九鬼紋七(くきもんしち)、三輪猶作(みわなおさく)、平野太七(ひらのたしち)ら6名が加わって四日市軌道株式会社として四日市~菰野間を営業出願しました。明治43年(1910年)11月、軽便鉄道法が施行され、それに基づいて認可がおりました。

 明治44年(1911年)5月、四日市鉄道株式会社に社名変更し、同8月に当時の軽便機関車が工事請負の大倉組を通じて購入され、四日市港で陸揚げされて牛車に積まれて、菰野街道をゆっくり1日かけて運搬されました。

南川定軒の書
▲鈴鹿山脈を背に走る近鉄湯の山線
写真撮影吉良新一さん
(町芸術文化協会写真部会 杉谷)

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