第32回
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嘉例踊りの伝承と保存
 

 菰野町のどこの集落でも踊られていた嘉例踊りが衰退した原因は、農業の近代化が進められて水不足が解消したこと、明治の末、一部の神社では合祀(ごうし)が行われ、信仰のよりどころと踊り場が失われたことと考えられます。そんな中で杉谷区と、吉沢区では廃絶状態であったものを復興、幾多の障害を乗り越え伝承保存の努力が続けられ、今日では町の唯一の郷土芸能として無形文化財の指定を受けています。

 杉谷区は毎年8月の盆踊りに、吉沢区は6年に一度、10月10日頃の秋祭りに公演実演を行っています。後継者は主に地区の青年団が主体となり、ときには子ども会も加わり地区の長老たちが主導となって、太鼓の打ち方、貝笛の奏法など、口伝で、嘉例踊りは体で覚えるものといわれ、くり返し反復練習をして稽古に励み伝承に努力されています。

吉沢嘉例踊り
昭和55年に行われた吉沢嘉例踊りの様子。
明治〜大正時代の衣装。
明治〜大正時代の衣装。
今年の10月9日に行われた吉沢嘉例踊りの様子
今年の10月9日に行われた吉沢嘉例踊りの様子
今年の10月9日に行われた吉沢嘉例踊りの様子
今年の10月9日に行われた吉沢嘉例踊りの様子