郷土史・風俗第49回
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消防と防災
 

人々と災害
 地震、雷、火事、親父、これは、世の中の日常生活で人々が恐れるものを順にあげて警(いまし)めとしたものですが、その地震が平成7年1月、阪神地方を襲い、その被害は甚大で地震の恐ろしさをあらためて気づかせられました。木造の日本家屋は比較的地震に弱く、また燃え易い構造であります。この東海地方も安政の大地震、明治の濃尾地震には大きな被害を受け「お寺の本堂がこけた、家が潰れた」と語り草に残っています。
 地震の次は火事、悉(ことごと)く灰にする火事は恐れられ、村では輪番(りんばん)制で拍子木を打ち鳴らし火の用心を呼びかけて夜番をして火災から村を守りました。また村の中心に用水路を設け水を流して非常の場合に備えました。そして大雨が降り続き洪水となって河川の堤防に危険の生じたときは庄屋の命令で法螺貝(ほらがい)を吹き村民総出で警戒に当たりました。

消防組から警防団へ
 村の治安は庄屋が責を負い火事、水害の発生のときは、庄屋、肝煎(きもいり)の指示を受けて、村の若者連が第一線で活躍しました。
 明治になって若者連は消防組に改編されて、村毎に消防組が組織され消防手になって村の治安を担うことになりました。明治27年に「消防組規則」が制定されて消防は内務省が管轄し警察署長の指揮監督を受け、その費用は市町村が負担するという制度ができました。その後、消防組ごとに小頭(こがしら)とよぶ責任者が任命されて組織の強化がはかられました。
 消防の器具もトビ口(ぐち)、手桶、竜吐水(りゅうどすい)から金属製の手挽き腕用喞筒(ポンプ)が導入されるようになり消火能力が一段と高められました。
 ポンプ操法をはじめ消防の訓練講習も行われました。昭和14年、警防団令が公布、消防組は警防団になり戦時下の防空、消防活動に従事しました。


竜吐水
竜吐水