郷土史・風俗第51回
 広報こものトップ >> 郷土史・風俗

バックナンバー

 

歌人 森春人
 

春人とこもの
 森春人は本名は虎吉、明治17年(1884)11月17日、河芸郡河芸村須賀に生まれました。若くして京都へ上り西陣織の染色の技術を身につけ、仕事の余暇に和歌を遠山英一に師事して学びました。遠山は旧派歌人で宮内省御歌所の寄人に選ばれた京都の有力な歌人でした。春人は帰郷して縁あって朝上村田光の森たねと結婚して菰野に京染めの店を開きました。
 城下町の菰野で京染めの商いのほか、自宅に短歌の塾を開き、妻のたねと共に歌の指導に努めました。
 菰野は御歌所御用掛りとなった鈴木小舟をはじめ宇佐美祐次、高田顕允、稲垣日砂らの歌人を出した文学的風土色の濃い土地柄でもあり、春人塾は多くの門弟で賑わいました。大正11年、新年歌会始めに春人の詠進した歌が佳作に入選し、続く同15年に妻たねの詠進歌が見事に入選の栄を得ました。また昭和4年には門弟の西尾しげのの詠進歌が佳作に選ばれて世間に知られ、春人塾の名を高めました。

春人と「さゆり会」
 春人の歌塾では、大正13年(1924)6月5日「さゆり会」を結成して同人歌誌『さゆり』と名をつけ刊行することになりました。創設時の会員は春人、たね、平井成一、伊藤寒月、森幹郎、堀内新水、堀内せつ子、小林重秋、西尾しげの、松永さかえ、辻沢五郎、辻まつ子、南川表文、安田かずみ等でありました。創刊号は各自互選歌30首、春人選歌11首を掲載しています。同13年は6月から12月までに21部を発行しています。
 同誌は表紙に小百合の花を透かしに描き、ところどころに花鳥の絵をあしらった美しい装丁です。この『さゆり』は昭和18年頃まで180号を数えます。全冊ガリ版の謄写刷りのもので、これは春人の長男幹郎の手づくり作品であります。
 春人の播いた種は、戦後に菰野で復興された古茂野短歌会、そして清流短歌会にいまも生き、引き継がれています。
 


歌誌『さゆり』
歌誌『さゆり』