郷土史・風俗第55回
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菰野の農業【1】
 

みのりの秋
 稲穂が首を傾けて秋風に波打つ様は、代表的な日本の原風景の一つと言えます。春の訪れとともに種をまき、苗を植え、炎天下で雑草を刈り取り育ててきた苦労が報われる秋は農家にとって一番の喜びを感じる季節です。
 昔の日本の人々は今と変わらずお米を食べ、その淡白な味と香りを楽しみ、藁の家に住み、藁草履を履いて生活していました。昔から稲作は日本文化と生活の中心であったと思われます。

稲刈りと乾燥
 第二次世界大戦が終わる前までは、秋祭りの太鼓の音を聞いてから稲刈りをはじめました。
 この頃は早稲、中手、晩稲の多様な品種が作付けされていました。早稲は9月下旬、晩稲の遅いものは11月初旬頃に刈り取りを行いました。稲刈りは鋸鎌で4株ずつ刈り、12株を一束にまとめていきます。一反の面積を刈って束ねる作業は2人で1日ほどかかり、朝から晩まで腰を曲げて行うので一番つらい仕事でした。刈り初めの日は鎌入れといい、おはぎなどを作って祝いました。
 菰野あたりの水田は水はけのよい乾田のため、平坦部で地干しという乾燥方法を用いました。これは刈り束ねたその場で稲の穂を下にして傘の様に開けて干す方法です。また、湿田や山間部の水田では稲架干しという乾燥方法を用いました。これは畔の立木や三脚の杭に竹を渡し、稲をかけて干す方法です。この方法は風通しが良いため穂も藁もよく乾き、米質もよいとされていましたが、稲架の杭や竹竿などの資材の用意に手間がかかりました。


菰野の秋の風景
菰野の秋の風景