郷土史・風俗第61回
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近藤謙蔵の事績
 

教育者としての謙蔵
 謙蔵は慶応元年(1865)に菰野藩士である武脩の子として生まれました。明治15年に菰野学校の高等科を卒業し、同19年に三重県師範学校を卒業して菰野小学校に奉職しました。同39年に静岡県富士郡吉原町(現在は富士市)から招請を受け、吉原小学校校長に赴任して、その間に富士山や箱根を周り見聞を広めました。同42年には久居小学校校長に転任を命ぜられ3年間勤務した後、同45年に故郷の菰野小学校へ6年ぶりに帰任しました。
 菰野小学校校長として大正11年に退職するまでの在職37年間に名物校長として県下教育界に令名を高めました。退職後は、村会や区会議員などの公職に就き、菰野小学校の本館の新築や校舎の増築のほか、町立実践女学校の創立など、教育事業の推進に努めました。

郷土史の研究
 謙蔵は教師として在職中に、早くから郷土史研究を志しました。そして、自らが調査収集を行って知った郷土の歴史を分かりやすく生徒に説き、新しい歴史教育の道を開きました。さらに、大正5年には『菰野郷土史』を作り教材とし、由緒ある藩学校の伝統を継承している菰野小学校の『学校沿革誌』全3巻を残しました。大正11年に退職すると、ひたすら郷土史研究に打ち込み、町史編さん委員の委嘱を受けました。さらに歴史資料の収集を行って執筆に従事し、昭和16年には15年の歳月をかけて『菰野町史』を刊行しました。
 晩年は書斎で筆に親しむ日々を過ごし、昭和21年2月13日に五本松の自邸で大往生を遂げました。80年の生涯は学校教育と郷土研究に尽くした一生でした。

近藤謙蔵
近藤謙蔵