郷土史・風俗第73回
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菰野最古の画家 林 猶玉(ゆうぎょく)
 

 林 猶玉は名を市兵衛、号は禅園冠山といいました。貞亨4年(1687年)菰野城下南瀬古の大庄屋、代官役林助左衛門の次男に生まれました。幼いときから絵が好きで尾張犬山の画家、津田応奎(おうけい)に師事しました。その後、師の応奎とともに中国から渡来した画家沈南蘋(ちんなんぴん)の教えを受けるため長崎を訪れ、南画を習得して帰郷しました。

その後、猶玉は分家をして明福寺北側に住んで医療を仕事とし、趣味として絵画にも精励しました。そのときの作品である5枚の絵馬が廣幡神社に奉納されています。その他の絵画は残されているものが極めて少なく、菰野地域の最古の画家であるといえます。明和6年(1779年)1月3日に享年80歳余りで没し、明福寺に葬られました。

市川順若の碑
▲猶玉の掛け軸