郷土史・風俗第74回
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江戸の書家 坂川暘谷(さかがわようこく)
 

 坂川暘谷は、坂川吉右衛門喜長の子として宿野村で生まれました。父は菰野藩十人扶持賄方(ふちまかないかた)※1で、幼時は宿野村の小沢蜂陵の門下で句読、書道を教わりました。菰野藩旧記の中に寛政3年(1791年)5月、幼名を万之助といい、御坊主(おぼうず)※2に召し抱えられ、後に下祐筆※3、祐筆見習いに進み、号を暘谷と名乗ったと記述があります。後に江戸芝浜松町に芝泉堂と称する私学校を建てて書道を教え、栗田御殿の門派溝口流の門に入り、晩谷を師として、後に松野雲谷に学び免許皆伝となりました。さらに江戸で名声をあげ、芝泉堂専用の筆、紙、墨を販売する店舗ができ、隆盛を保ちました。

 菰野藩士中、祐筆(ゆうひつ)、代官等は江戸へ出向き、坂川父子の門下となり書道を修めたといわれています。郷土の名書家でありましたが芝浜松町在住であったため、地元にはわずかな遺品だけが残されています。

暘谷の書
▲暘谷の書

※1 扶持賄方  米などの俸禄を給与する役職
※2 御坊主   将軍付の雑用役
※3 祐筆    文書・記録の作成をつかさどる役職